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スボンサーリンク

管理人

こんにちは。

オートバイフリーク管理人のセバです。

オートバイを購入したら、チマタのオートバイの情報が目につくようになりました。

  • 若い人はオートバイにあまり人気が無いこと
  • 40代、50代で子育が終わり、時間の余裕が出来て昔オートバイに乗っていた人が需要の下支えをしていること

この、「昔オートバイに乗っていて、最近また乗り始めた人」をリターンライダーと呼び、管理人「セバ」もその一人なのです。

こごて、簡単な自己紹介です。

生まれた日 1958年3月 20151119-1
性別
好きな事 オートバイでツーリング、おいしい物の食べ歩き、水族館
家族 じいちゃん(父)、私には出来すぎた嫁、熱帯魚4匹

オートバイに乗り始めたキッカケは家内がケガをして入院した時に、病院へ何回か通っいた時の事です。
同年代の人が駐車場からオートバイに乗って発進する姿を見て、昔いろんな所へ旅に出て多くの人と出会った事が走馬灯のように思されました。

年齢的にも今が最後のチャンスかと思い出したら、日々バイクの夢が膨らんで行き、一カ月ぐらい、モンモンとした後、近くのYSP西東京にバイクを見に行き
セローのカタログをもらいました。

セローは昔、私がツーリングに行っていた時に、一緒に走っていた仲間が乗っていたオートバイで、軽くて、どこへでも行けてちょっと良さそうと思っていたからです。

その後一カ月弱で、セローを契約し納車の日、初めて跨った時の感想は「重い」・・
15年間のブランクは大きく、すっかり乗り方も忘れてしまいてかなりビビッて乗ってました。

リハビリはおよそ3カ月、でも現役だった時の走りは当然出来ません。 orz

さて、私のバイク歴です。

スズキのバンバン・元々は1971年に発売したバンバン90から始まったレジャーバイクのシリーズ車種であり、その後は1972年に125と50、1973年には75が発売されている。前後輪共に巨大幅広タイヤを装備しているのが最大の特徴で、搭載する2ストロークエンジンのパワーもあり、高い走破性を誇った。(Wikipediaより) スズキのバンバン

スズキ バンバン
二十歳の頃、初めて買ったバイクです。
タイヤがものすごく太くて雪の中でも走れちゃうようなバイクでした。
このころは福井市に住んでいて、近くの足羽川の河原でオフロードもどきの事をして遊んでいました。

DT50は1982年に発売され、水冷2スト単気筒エンジンで7.2psを発揮させていた。F2.50-19、R3.00-17に前後ドラムブレーキ。Rキャリアは標準装備。乾燥重量75kg。発売開始から生産終了するまでの間、ほとんどモデルチェンジをせず日本国内では15年以上も長らく販売されていた。 YAMAHA DT 50

YAMAHA DT50
このバイクで山の中を結構はしりました。福井市から、岐阜の白鳥まで行った事もあります。
坂がキツイと途中で上り切れず、押して歩いた事もありました。
軽い分、未舗装の道でもブンブンはしれました。
今庄の山の中で走っていた時、小熊と遭遇した事もあります。

1980年代に発売された、スズキの中型オートバイ スズキGSX 400FW

スズキ GSX 400FW
東京に出てきて初めて買ったオートバイ
不人気なのでショップでかなりの値引で売ってました。
町中では軽快に走っていましたが。標高の高い山の峠では酸欠になり、アクセルをあけても前に進んでいきませんでした。
AX-1は、通常の市街地走行だけでなく、郊外や未舖装路をも軽快に走れる斬新なスタイルのスポーツバイクとして、1987年(昭和62年)に発売された。ジャンルは、オンロードとオフロードの両立を図ったデュアルパーパスの軽二輪
HONDA AX-1
HONDA AX1
デュアルパーパスと言われたオートバイ
峠ではナナハンキラーと言われ、腕さえあればかなり早いオートバイでした。

日本国内市場向けのCBR750の海外輸出用車種として1987年より生産が開始された。CBR750の生産が終了した1989年にモデルチェンジが行われ、外装が大きく変更された。最高出力は輸出仕様の135ps CBR1000F

CBR 1000F
イギリス仕様の逆輸入車で、暴力的な加速をしていました。
峠に行っても息つきなどもなく、八王子、京都南間を3時間半で走った事もあります。
マニュアルを読んで見ると、「このオートバイはガソリンです。アルコールは入れないでください。」みたいな事が書いてありました。
なんでも、ブラジルではアルコールで走る車があるそうな・・

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